『近くて もっと近い国』 その3
2008年 10月 08日
5日目
最終日です。朝食後、バスでソウル駅へ。
外観もきれいでしたが中に入るともっときれいで、広くて、まるで空港
のようでした。ソウル駅から臨津江駅まで、『京義線統一号』に乗って、
北へ1時間20分のローカル列車の旅です。
京義線臨津江駅。ここで下車しました。
ここからバスで統一展望台へ。
途中、バスの中から撮りました。↓
右側がイムジン川で、その川の向こうは北朝鮮です。
川に沿って、こちら側に張りめぐらされた鉄条網が、南北関係の
厳しさを物語っています。
統一展望台まで、それほど時間はかかりませんでした。
立派な建物でした。
中に入ると、韓国政府によるスライドが見られたり、南北分断の歴史などの
資料もたくさん、あります。
ここは韓国の中で、最も北朝鮮に近い場所なのです。
パンフレットには、『北朝鮮が一望できる場所』と、書いてありました。
肉眼でも北朝鮮が、かなりよく見えますが、展望台には、500ウォン硬貨
(日本円で約50円)を入れると見れる望遠鏡も設置されていました。
おそるおそる見てみました。
よく見えます。白い建物や大地が。
私が見たときは人の姿はなかったのですが、人の動きもよく見えるそうです。
このイムジン川を隔てたすぐそこに…。
拉致家族の方々の苦しみをを思うと、大変重い気持ちになりました。
(写真は、肉眼でデジカメで撮ったものです)
でも、ここは観光化されている印象が強く、他にも日本人観光客は
たくさんで、韓国国内からもツアーの観光客が大勢、来ていました。
その後、バスでソウルに戻り、純豆腐チゲの昼食。
ツアーではお決まりのおみやげ屋さんに立ち寄り、帰国の途に。
ソウルの空港から福岡空港まで、飛行機に乗っている時間は55分でした。
宮崎や熊本から来ておられる方もあり、皆さん、ほとんどが、福岡から
高速バスを使って、福岡・韓国間よりもはるかに長い時間をかけて、自宅へと
向かわれました。
年齢のせいでしょうか、過ぎたことはすぐに忘れてしまいます。
旅の記憶が薄れないうちにと、つたない旅行記になりましたが、パソコン下手
な私にしては、かなりハイペースで、5日間を振り返りました。
これからは又、更新も時々の、ぼちぼちブログになることと思います。
最終日です。朝食後、バスでソウル駅へ。
外観もきれいでしたが中に入るともっときれいで、広くて、まるで空港
のようでした。ソウル駅から臨津江駅まで、『京義線統一号』に乗って、
北へ1時間20分のローカル列車の旅です。
京義線臨津江駅。ここで下車しました。
ここからバスで統一展望台へ。
途中、バスの中から撮りました。↓
右側がイムジン川で、その川の向こうは北朝鮮です。
川に沿って、こちら側に張りめぐらされた鉄条網が、南北関係の
厳しさを物語っています。
統一展望台まで、それほど時間はかかりませんでした。
立派な建物でした。
中に入ると、韓国政府によるスライドが見られたり、南北分断の歴史などの
資料もたくさん、あります。
ここは韓国の中で、最も北朝鮮に近い場所なのです。
パンフレットには、『北朝鮮が一望できる場所』と、書いてありました。
肉眼でも北朝鮮が、かなりよく見えますが、展望台には、500ウォン硬貨
(日本円で約50円)を入れると見れる望遠鏡も設置されていました。
おそるおそる見てみました。
よく見えます。白い建物や大地が。
私が見たときは人の姿はなかったのですが、人の動きもよく見えるそうです。
このイムジン川を隔てたすぐそこに…。
拉致家族の方々の苦しみをを思うと、大変重い気持ちになりました。
(写真は、肉眼でデジカメで撮ったものです)
でも、ここは観光化されている印象が強く、他にも日本人観光客は
たくさんで、韓国国内からもツアーの観光客が大勢、来ていました。
その後、バスでソウルに戻り、純豆腐チゲの昼食。
ツアーではお決まりのおみやげ屋さんに立ち寄り、帰国の途に。
ソウルの空港から福岡空港まで、飛行機に乗っている時間は55分でした。
宮崎や熊本から来ておられる方もあり、皆さん、ほとんどが、福岡から
高速バスを使って、福岡・韓国間よりもはるかに長い時間をかけて、自宅へと
向かわれました。
年齢のせいでしょうか、過ぎたことはすぐに忘れてしまいます。
旅の記憶が薄れないうちにと、つたない旅行記になりましたが、パソコン下手
な私にしては、かなりハイペースで、5日間を振り返りました。
これからは又、更新も時々の、ぼちぼちブログになることと思います。
by andante61 | 2008-10-08 12:07